「鉄男」(1989版)について

SFのサブジャンルである「サイバーパンク」には、主なる要素が三つあると言われている。

  • 近未来社会:テクノロジーの進化の賜物として、美しく平和なユートピアではなく、環境汚染、政治的腐敗や道徳的堕落などによるディストピア
  • 肉体改造:人体の一部、臓器などの機械化による機能拡張
  • サイバースペース:電脳空間に意識が組み込まれる、高度ネットワーク仮想空間の疑似体験

そんなサイバーパンクを代表するハリウッド超大作映画は、ハリソン・フォード主演「ブレード・ランナー」(1982)をはじめ、キアヌ・リーブス主演「マトリックス」(1999)、ジュード・ロウ主演「イグジステンス」(1999)、トム・クルーズ主演「マイノリティ・レポート」(2002)、レオナルド・ディカプリオ主演「インセプション」(2010)など、現実の科学技術が追いついて来る中、未だに根強い人気がある。

日本のサイバーパンクの成功例としては(どちらもアニメだが)、大友克洋監督「AKIRA」(1988)と押井守監督「攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL」(1995)は文句なしの傑作だと思うし、国内外に熱狂的なファンがいることも不思議ではない

しかし、日本映画の底力はそれだけではない。海外で異様な知名度を誇る、超低予算のB級カルト映画たちの存在がある。例えば、同じサイバーパンクの括りで人気を博する、石井聰亙監督「狂い咲いきサンダーロード」(1980)、「爆裂都市」(1982)、「エレクトリック・ドラゴン80000V」(2001)、福居ショウジ「ピノキオ964」(1991)、「ラバーズ・ラバー」(1996)、そして塚本晋也監督「鉄男」(1989)など、内容も映像も「日本人って病んでいるのね・・・」と思われそうなものばかりだが。これらは日本のレンタルビデオ店に置いてあるかさえ不確かだが、アメリカでは「狂い咲いきサンダーロード」以外は入手は簡単である。

しかし、その中でも伝説のカルト映画「鉄男」だけは、日本人として観ておいて損はないと思う。前半のクオリティーは(B級にしては)非常に高くて「これってすごい名作なのでは!?」と期待が膨らむが、後半は監督の映像マニア趣味が全開で(そのエネルギーは天晴れなのだが)、全体的にはいかにもインディーズな仕上がりになっている。また、強烈なビジュアル、金属音的なインダストリアル音楽、時間軸の分かりにくい編集のせいで、全く集中できないのだが、一応ちゃんとしたストーリーラインが存在している。事前にあらすじを把握しておく方が楽しめるかも知れない。

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あえて時間軸に沿ってあらすじを説明すると、ランナーを目指す男(塚本晋也)は鉄フェチ(もしくは強迫観念症か依存症)で、太腿に鉄のチューブを差し込み、金属細胞を増やすという肉体改造を試みていた。しかし、金属が肉体と融合する前に、傷口が膿んで蛆が湧いてしまう。驚きと失望のあまり、塚本は部屋を飛び出す。

そこにあるカップル(田口トモロヲと藤原京)の車が走ってくる。運悪く、田口は飛び出してきた塚本を轢いてしまう。そして救助するどころか、まだ息がある塚本をどこかの森に遺棄して証拠隠滅を図る。田口の恋人(妻?)藤原京はその背徳性に欲情し、虫の息である被害者が見ている前で田口と交わるのだった。

どうにか生き延びた塚本の頭には金属破片が突き刺さっており、偶然テレキネシスの力を得る(ジョン・トラボルタ主演「フェノミノン」(1996)のように、脳腫瘍により脳に刺激が加わったことで脳が覚醒し、潜在能力を最大化して超能力を得る、みたいな)。医者(六平直政)に「引き抜けば即死。かんざしだと思って仲良くやれ」とにべもなく言われ、塚本は得た超能力を使って、非情な田口に(鉄づくしの)復讐することを決意する。

ある朝、田口の頰に小さな鉄の突起のような出来物ができている。そして通勤時、電車のプラットフォームでは、読書をしていた眼鏡の地味な女(叶岡伸)が突然怪物化し、田口に襲いかかってくる。その女は足元に落ちていた金属スクラップ(電脳化した塚本の一部)に興味を持ち、ペンで突いてみるのだが、接触した瞬間に塚本のテレキネシスにより、体を乗っ取られて(電脳ハックされて)しまったのだ。トイレまで追い詰められるシーンはホラー。どうにか逃げおおす田口だったが、その後は自身の体もどんどん金属で覆われていく。

田口は、藤原京の股間から蛇のような鉄のチューブがぐねぐねと伸びている悪夢を見て飛び起きる。しかし、食事さえ金属音に彩られ、体は急激に金属スクラップ化していく。藤原京と抱き合おうとするが、ドリル化した局所は彼女をえぐり殺してしまうのだった。

藤原京の遺体が鉄と融合して瞬間的に生き返るが、すぐにスライム化し、その中から塚本が現れる。「もうすぐあなたは脳まで金属になる。面白いものを見せましょう、New World だ!」と言って、地上にはメタルたんぽぽ(ネジのような棒に球体が刺さっている)が咲き乱れ、田口が金属のワイヤーに飲み込まれていく映像を見せる。

死闘を繰り広げる塚本と田口。このシーンはウルトラマンと怪獣(どちらが悪者かはわからないが)の戦いだと思ってみることをお勧めする。途中なぜか、ホームレスの男(石橋蓮司)が鉄の棒で塚本を殴り、田口を助ける。

しかしスクラップ工場に追い詰められた田口は巨大磁石に引き寄せられ、肥大化した体はもう自由にならない。塚本もますますメタル化し、サイコキネシスで田口をなぶり続ける。パワーが尽き果てた塚本、ろくろ首のように伸びるメカ化した田口の頭、説明不可能な鉄くずとの万華鏡。

戦いの果てに二人は合体し、「世界を鋼鉄の塊にして、宇宙のもくずに帰してやる。俺たちの愛情で世界中を燃え上がらせてやるぜ」と、大型バイクのマフラーのような筒をいくつもつけ、ジェット噴射して前進するところで、物語は終わる。

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「鉄男」は1千万円の低予算で、ほとんどを四畳半のアパートと廃工場で撮影し、スクラップメタルなどの廃材を駆使してSFXを成立させているそうだ。よく見ると鉄男の顔も、六角ボルトやナットやチューブや針金などで出来ている。よく比較されるデヴィッド・リンチ監督の「イレイザーヘッド」(1977)は個人資金で製作されており、アロノフスキー監督の「π」(1998)もたった約600万円の制作費で作られている。すべて(おそらく低予算のアラを隠すための)白黒フィルムである。ちなみに「マトリックス」の制作費は63億円、「インセプション」は160億円である($1=¥100の場合)。

この主人公の男を演じるのは田口トモロヲである。この俳優に関しては、イケメンでもないし、特に名脇役というほどの癖も個性も持ち味もなく、「Tomorrow」を連想させる名前の面白さ以外は、特筆することもないような役者だと思っていたのだが、「鉄男」で見せる演技、特に序盤の感電ダンス(?)は目をみはるほど素晴らしく、私の中では田口株が一気に大急騰したのであった。この作品に出るまではエロ漫画家やポルノ男優というキャリアがあるらしいので、この塚本監督のクレイジーな世界にも偏見なく飛び込んでいけたのかも知れない。

サイバーパンクとはいえ、この作品に関しては「社会や体制に対する反発」や「産業の発展がもたらした弊害」などという社会問題提起とは全く関係ないと思う。例えば大友克洋の漫画のような、精密な機械回路を見て触発されたフェチズムというか、監督はただメタルやメカと人間を映像化してみたいと思いついてしまった、のではないだろうか。監督・脚本・美術・照明・特撮・編集をすべて塚本監督がなさっている。後半は特にストップ・モーションが多用されている。例えば、かかとからジェット噴射するスピード感を、お金をかけずにオリジナルな方法で表現している。

インダストリアル音楽がとにかく格好良く、白黒の画面をますます金属的な硬質な手触りに塗り変えていく。白黒だからこそ、汗だくの田口や藤原京がさらに暑苦しく、血も鉄も重量感を持って迫ってくる。一昔前のマリリン・マンソン「Beautiful People」のPVを見ているようでありながら、塚本監督のエネルギーと才気がほとばしる67分は異常に長く感じるのである。

ラストで塚本と田口は合体するが、ここにホモセクシュアリティは存在するのだろうか。意識の中で、人間の姿に戻った二人はほんの束の間、心を通わせて手だけメタルで繋がれている。田口はもう自由の利かない体を持て余して、唯一の理解者である塚本に身を預ける形で合体したとしても不思議はない。それともこの時点で彼の脳はほとんど金属化してしまっていたのかも知れない。塚本はそもそも鉄フェチで、肉体と金属を一体化することを夢見ていた。それを見事に成し遂げた田口は、自分を轢いて捨てた卑怯な奴という事実を凌駕するほどに、塚本にとって羨望の的であり、人間の理想形だったと言えまいか。その田口を吸収合併することで征服欲の充足、復讐の達成と、恋の成就がなされたと解釈するのは理屈のこねすぎか。

塚本監督はその後「鉄男II BODY HAMMER」(1992)と「鉄男 THE BULLET MAN」(2010)   を個別の作品として発表している。この二作は普通に面白い映画であるが、やはり「鉄男」(1989)の魔力には遠く及ばないと思う。塚本監督作品は10本ほど見ているが、個人的には「双生児-GEMIMI-」(1999)が一番好きで、「東京フィスト」(1995)と「六月の蛇」(2003)も、あまり知り合いには勧められないが、素晴らしい完成度だと思っている。

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