「スカイ・クロラ」(映画版)について

押井守監督の「スカイ・クロラ」(2008)はアンニュイな雰囲気やメランコリックな音楽、曇天の空、アースカラーな色彩、自分は一体何者かというアイデンティティ・クライシス、戦争をしなければ平和を保てない人間の本能(エロスとタナトス)、永遠に大人にならない青年達、などテーマもすべてが素敵だ。「ゴースト・イン・ザ・シェル」(1995)や「イノセンス」(2004)は台詞が多すぎて、私にはぎゅうぎゅう詰めの切迫感があるのだが、「スカイ・クロラ」の言葉の少なさは、観客を強引に誘導するのではなく、ある程度それぞれの感性に委ねる余白を与えている。私にとって、その自由は貴重だ。登場人物たちの、もの静かな口調も心地よかった(棒読みだという評もあるようだが)。

通常好きな映画には甲乙つけがたく順位など考えられない私にとっても、この作品はアニメ映画では一番のお気に入りの一つである。しかし、セクシーな女性像などが描かれないのと、「動」の部分がオタク好きのする戦闘シーンのみで、全体的に邦画っぽい「静」なのが娯楽性に欠けるのか、海外では「ゴースト・イン・ザ・シェル」や「パトレイバー」ほどの知名度がない。ちょっと残念。

ちなみに私は原作を読んでいない。6冊という壁を越えられそうに無いため、おそらく今後も読む機会はないだろう。よって、これは映画のみをベースにした考察であるため、原作にしか描かれていない様々な補足情報をご存知の方には、ちょっと物足りないかも知れない。

とにかく、すごく面白い世界観である。「キルドレ」という特殊な少年少女たちが、世界平和のため、「ある程度コントロールされた環境下」での戦争に参加し、戦死し、あっという間に再生して(別の人格として)、また参戦するという無限ループの中に囚われている、ある種ホラーな設定である。そもそも「キルドレ」とは、ある会社が研究開発していたある新薬(遺伝子制御剤)につけるはずの商品名であった。しかし、その開発段階において偶然の産物として、「大人にもならず、殺されない限りは死なない」という特殊な人間が造られてしまい、その永遠の子供達を「キルドレ」と呼ぶようになった。この子供達は、おそらく成長がものすごく早く(ジンロウ → カンナミ → ヒイラギと、数週間単位で成人に近い姿で補完されていることが根拠)、あるいはその成人に近い状態で再生され、そのまま成長が止まり、戦争などで殺されない限りは永遠に生き続ける。そして、もし死んだとして、その肉体が滅んだとしても、(研究所に遺伝子が残っている限り?)また再生され、戦闘技術のみをキャリーオーバーする(個人の記憶は消える)形で新しい肉体と人格を得る。

舞台は欧州のどこかの国のようだが、この子供達や会社の幹部たちが皆、日本名であることから、この研究開発は日本で実施され、日本人の遺伝子で臨床実験された、と言えるのではないか。現在、人間のクローンを造ることが倫理的な見地から規制されているように、キルドレを造ることも規制されている可能性が高く、戦闘員に外国人がいないのは、治験場所だった日本以外の国の人間が、キルドレになった確率が低いからだと言えると思う。誰が思いついたのか、そんなある意味不死身のキルドレを最大限活用したのが、擬似的戦闘という一般人のためのゲーム観戦のような、キルドレ同士の殺し合いである。

フランスの人類学者ロジェ・カイヨワは著書「戦争論」の中で、人間は戦争や暴力性に傾く性質があり、戦争の破壊、残虐、悲劇、国家の誇り、自己犠牲、などがもたらす恍惚や陶酔は、自己の死に対する恐怖を凌駕するものである、らしい。その非生産性において、「戦争」と「祭」は似ていて、日常における抑圧的な秩序、調和、制御からの逸脱、解放、ガス抜き、リセットなのだという。核の台頭により戦争自体を自粛するしかなくなった人類は、今後も形を変えて戦争をしていくだろう。そのうちの一つは、スポーツ大会ではないか。オリンピックなどは「戦争」と「祭」の性質をフュージョンさせたものと言えないか。

アメリカの国技であるアメフトの試合を初めて観た頃、「なんて野蛮なスポーツだろう、これは正当化された暴力沙汰ではないか」と驚愕した覚えがある。一応、厳しいルールでがんじがらめにされた「ある程度コントロールされた環境下」での戦いではあるが、古代ローマ・コロッセオの殺し合いの現代版かと見まごうほどアグレッシブなのである。

アメフトは米国で一番人気のスポーツである。しかしそこには、政治的な思惑・マニピュレーションがあり得るのかも知れない。カイヨワの言う、戦争に傾いてしまう人間の無意識に潜む野性、すなわち残虐性・攻撃性・闘争本能・暴力性(理性・知性を凌駕し、いずれ戦争に向かいかねない野獣的なエネルギー)を選手たちには勇猛果敢に具現化させ、マスコミには英雄を讃えるかのように放送させ、国民はこの代理的体験を享受して集団的にカタルシスを得ることで、文化的生活と地域の治安が保たれる、というメカニズムなのではないか、と。

アメフト選手のたちの鍛錬された巨躯のぶつかり合いは迫力満点で、命を削って戦う緊迫感が凄まじい。その選手生命は短く、繰り返し受けた衝撃や脳震盪のせいで、引退する頃にはパーキンソン病やアルツハイマーを引き起こす致命的な脳症を抱える選手が大勢いるとのこと。残虐性の代理的体験によって保たれている世のバランスは、戦死するキルドレと同じように、誰かの犠牲の上に成立している恩恵なのかも知れない。

しかしアメフトごときのスケールでは、世界中の人間の闇(戦争への願望)あるいはタナトス(死への欲動)を相殺することはとてもできない。そのアメフト(国家レベルの安寧に寄与)の延長線上に、エスカレートした手段として「スカイ・クロラ」(世界平和の維持に寄与)があるのだと考えると、まったく違和感なく受け入れられるし、それで世界の均衡が保てるのなら、なんだか良いアイデアのような気さえしてくる。特に、キルドレのような不死身(語弊はあるが)の人間が存在するならば。子供のまま永遠に生きなければならないキルドレにとっては、ある意味、死ぬことは救いであるかも知れないのだから。といっても、また生まれ変わって同じことを繰り返し、結局無限ループから抜けることは出来ないのだが。

押井監督の初期の作品である「うる星やつら2ビューティフル・ドリーマー」(1984)でも、無限ループのからくりが使われている。最初は文化祭前日の高校生、その後は夏休みの子供という、いつまでも続いて欲しいと誰もが願ったことのある、夢のような時間が、本当にずっとずっと続いてしまうのである。私は閉所恐怖症なのだが、物理的に狭い空間だけでなく、こういった出口のない状況、という概念だけで苦しくなってしまうので無限ループはとってもホラーなのだが、現実と虚構の境目があやしくなっていく感じが何より好きで、夢の中の夢の中の夢、といったドリーム・シークエンスも大好きである。

ティーチャーの存在も謎めいていて面白い。クサナギが昔パイロットだった頃の上司だったという点、娼婦フーコの部屋に怒鳴り込みにきたという点から、娘ミズキの父親は、おそらくティーチャーだろうと私は推測する。ライバル会社に転職し、敵となったティーチャーは、パイロットだがキルドレではなく、人間の大人の男である。つまりミズキは人間とキルドレのハーフである。しかし学校に通っている様子から、普通の人間のスピードで育っているようである。「あの子はもうすぐ私に追いつく」とクサナギがカンナミに言うが、これは普通の人間より早く成長してしまうという意味ではなく、あと数年したらクサナギよりも歳をとっていってしまう、という意味なのだろう。また、カンナミが「I’ll kill my father」とつぶやき、ティーチャーに戦いを挑むが、これは同じパイロットとして何十年も生きてきた大人の男に対する概念としての「父」なのか、それとも、キルドレは人間のパイロットの遺伝子を組み込んで生まれてきた存在なのか。キルドレは数週間で新しい人格として再生するも、航空機の訓練がまったくいらないという点において、パイロットの遺伝子を搭載している可能性は高い。

一つ不思議だったのは、キルドレたちが乗っている戦闘機「散花」がものすごく旧式に見えることである。’84の「ビューティフル・ドリーマー」に出てくる面堂終太郎のハリアーの方が近代的・・・。まるで太平洋戦争時の「零戦」とか「震電」を彷彿とさせるプロペラ機。これはメカニックデザイナー達のこだわりだろうか。太平洋戦争を彷彿とさせるアイロニーとノスタルジアを狙ったのか、設定上プロペラ機の方が安価で量産しやすいとか?ジェット機はスピードが速すぎて、テレビ放映に向かないとか?未来の地球におけるジェット燃料の環境問題?

補足だが、雑誌「Esquire」に掲載されていた記事の中に、アメフトの起源についての言及があった。アメリカ人はその昔、インディアン戦争、南北戦争などを戦ってきたが、その息子たちの時代にはもう戦う戦争がなく、男たちは「自分の強さ・男らしさをどう誇示・証明すればいいのか」という危機感を持つようになった。それを打開する策として考案されたのがアメフトだった、というのだ。「強さを証明する」とは、動物がアルファやオメガのヒエラルキーを決めるのと全く同じ感覚だろう。実に下等であり、しかし人間の真実という感じがして実に危うい。

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